青年海外協力隊20-1ウガンダ薬剤師からのちょこっとウガンダ便り。


by yuki_nov14
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カテゴリ:Leisure( 9 )

Resort!

4月になり、5Sプロジェクトもひと段落。
とはいっても、これからやらないといけないことはいっぱいあるんですが、
とりあえず自分がメインでやらないといけない仕事は終わって、
私のやってた役目は病院のアドミニストレーションにバトンタッチです。

この1月から3月はプライベートを切り捨て、土日も昼夜も問わず5Sばっかりやってたので、
少し休憩しようと、バカンスに出かけました。

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ウガンダにこんな素敵なところがあったなんて!
パラダイスでした。

何をするでもなく、ゆっくり本を読んで写真をいっぱいとっての~んびりできました。
最高!!

普段カプチョルワでもきれいな景色を見てはいるけど、
海を愛するものとして、やっぱり(みず)うみのあるとこはいい!!

また、帰るまでにいけるといいなぁ。。。

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by yuki_nov14 | 2010-04-08 02:08 | Leisure

Parents in UGANDA!!

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11月12日から20日まで、両親がウガンダに来てくれました。
青年海外協力隊の「協力隊を育てる会」主催の「視察の旅」に連れられて。
海外旅行もそんなにしたことない両親が、よくぞアフリカまでやってきてくれたなぁと今思うと改めて感謝です。


ウガンダ西部のサファリ、ナイル川の源流(と言われている)Source or the Nile、そしてウガンダ東部の私の任地カプチョルワまでかなり長距離の、しかも悪路の旅でしたが、両親とも体調を屑くことなく楽しく旅行しました。
しかし私がおなかを壊してたけど(笑)
きっと、両親を迎えに行く前にバスパークで食べたローカル食による寄生虫のせいだと思うけど。

一番楽しかったのは、ゾウを見たことより、ライオンを見たことよりなによりも、任地でいつも私が暮らしている様子を見てもらえたこと。
町を歩いて、いろんな人に「こちら両親」、病院のスタッフみんなに「こちら私の両親」と紹介できたことがうれしかったなぁ。
いろんな人が「ユキをウガンダに来ることを許してくれてありがとう」と両親に言ってくれて。
サファリとか観光とかしちゃったから、ほんとうならもっともっとカプチョルワであってほしい人もいっぱいいたし、両親に紹介したい場所がいっぱいあったんだけど、時間が足りなかった。

気候と暮らしやすさだけで言えば(仕事はちょっともういっぱいいっぱいなんだけど…笑)
ちょっと永住もいいかもって思うくらいカプチョルワ好きだったけど、
やっぱり両親と頻繁に会えるほうがいいやって思いなおしました。
(実際に任地にいる韓国人の宣教師のお友達はカプチョルワに永住することを決めてるんです!)

ちょっとだけ早く日本に帰りたくなったような、でも残りの任期を乗り切る元気をもらえた。

長期休暇を終えて病院の仕事に戻ると、やっぱり相変わらずのアフリカンタイムだけど、
でも前に任国外行ったときみたいに私がいないとすべてストップしてるのではなく、
薬のオーダーのための話し合いも行われてて、薬局のストックカードもきちんとタイムリーに更新されていて、なんやかんやちょっとずつ変化しとるんじゃん、って外から目線で見ることができた。

あと残り7か月、やりたいことはいっぱいいっぱいあって、とても7か月じゃ足りないんだけど、
まぁアフリカンタイムに合わせてちょっとずつできることをやるしかないかな。

そんな視点の変化をくれた今回の両親来ウガンダ。
ありがとう。

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by yuki_nov14 | 2009-11-27 01:42 | Leisure

Tanzania旅行記4

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キリマンジャロから無事下山して、筋肉痛とともにザンジバルへ移動。
来ました 海!海!海!!!!

何しろ海のない国ウガンダに住んでるので海が恋しくて。
1年ちょっとぶりに見る海。やっぱり海はいい。

ストーンタウン。
なんてきれいな街。アフリカだけどアフリカじゃない。
石畳でなぜか落ち着く街並み。

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ここでも同期隊員にお世話になりザンジバルを満喫。
きっと普通の旅行でいってたら知れないようなことも、隊員に案内してもらって経験できる。
同期隊員に連れて行ってもらったザンジバルの東海岸パジェでは、
日本人のホテルオーナー三浦さんにお刺身をごちそうになる。
こんなに刺身って美味しかったっけ?っていうほどおいしい。

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パジェ。
協力隊に合格してウガンダに来ることが決まって地球の歩き方を買って、
開いて飛び込んできた写真。これを見て絶対にパジェに行きたいと思っていた夢の場所。
本当に夢のようなひと時だった。帰りたくないって思ったくらい。

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こうしてタンザニアを満喫して2回目の任国外旅行は幕を閉じた。
任国外旅行に行くと感じること。
協力隊員なのに、こんなに贅沢して遊んでいいのか?
私がこうして遊んでる間、任地ではスタッフが頑張って働いている。
隊員として認められている制度ではあるけど、任国外旅行に来ないという手段もあるはず。
でもやっぱり、こうして贅沢してしまう。いけないことじゃないけど、どこか罪悪感がある。
遊んでいるだけじゃないのかもしれない。
ウガンダとは違うアフリカもあるし、似てるアフリカもある。
その国の発展具合も垣間見ることができる。
ほかの国の隊員にあって話すことで刺激ももらえる。
こうして感じたことを、自分の活動に刺激として取り入れて、頑張っていけばいいのかもな。

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by yuki_nov14 | 2009-08-15 02:01 | Leisure

Tanzania旅行記3

登山4日目続き。

頂上アタックから帰ってきた直後は、本当に同じ日にホロンボハットまで下れるのか疑問だったけど、
起きてみると案外体は動くもんで。下山のスピードは凄く速かった。
他のみんなは元気そうなのに、一人筋肉痛で苦しむ。日頃の運動不足が悔やまれる。
なかなかホロンボハットにつかないなぁと思いながら、後ろを向くとつい6時間前まで死にそうになりながら登ったのが嘘のように、キリマンジャロは今日も優雅にそびえている。
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ホロンボハットについて、日本からツアーで来られた方と出会っていろいろお話した。
その夜は、キリマンジャロビールで乾杯。疲れてるせいと高度のせいで酔いが早くまわり、昨夜の睡眠不足を完全解消できるほど熟睡。

登山5日目。
朝早く出発してどんどん下山。昨日よりも筋肉痛がひどくなったあたしは一人後れをとるが、ここでもMathewがヘルプしてくれる。
彼は完全私の個人ガイドになってしまった(笑)
写真を撮る間もなくどんどん下っていく。
10時には1日目の山小屋マンダラハットに到着して早目のランチ。


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これがこの登山最後のランチ。旅行会社のくれた注意書きには「食事は脂っこい」と書いてあったが、エチオピア、ウガンダから参加した私たちにとっては、むしろさっぱり味で、食事はとても美味しく登山を楽しめた一因だと思う。
そして14時には登山口まで到着。やったー無事7人とも怪我なく下山できた。
チーフガイドのAronが登山証明書を書いてくれる。

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後から知ったのだが、Gilman's Pointまでいったらウフルピークのとはちょっと違うけど、証明書がもらえるらしい。
あきらめなくてよかった。MathewがGilman's Pointまで行こうっていった意味がわかった。頑張ってよかった。

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下山して、メンバーのみんなが言ってたこと。ガイドさんに本当に感謝。ガイドさんがいなかったら登れてなかった。
この5日間で、あまり話はしなかったけど、でもガイドさんとの心の距離はすごく近くなった気がした。
またおいでって言われたけど、きっともう会えないんだろうなぁ。
またひとつ一期一会、いい思い出ができた。

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by yuki_nov14 | 2009-08-11 02:40 | Leisure

Tanzania旅行記2

登山3日目。
さすが3700m、かなり寒くて着こんで出発したけど、すぐに暑くなって半そでに。
だんだん酸素が薄くなって傾斜は緩やかながらも疲れてくる。
そして来ました砂漠!(のような風景)
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調子に乗って岩に登るも体力消耗により降りれなくなる(笑)

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そしてついに1番上の山小屋キボハットに到着。
なんと4700m。
ここで体を休め、夜0時より頂上アタック開始です。
どうか高山病にならず頂上ウフルピークまでたどり着けますように。

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登山4日目。
23時にガイドさんが起こしにきて、ティーとビスケットで軽く体を温めて目を覚ます。
緊張のせいか、高度が高いせいか、鼓動がドクドク早くて全然熟睡できず。
それでも気合いだけは十分。
いざ出陣です!


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頂上アタックの上りはこれまでの緩やかさと違って急に傾斜がきつくなった。
酸素が薄く、寒いので疲れがどんどん溜まり、10分おきに立ち止まりたくなる。
それでもガイドはほかのパーティーを抜かすペースでずんずん進む。
みんなが頑張ってるからと必死についていくも、どんどん疲労が蓄積する。
そして恐れていた高山病か?頭が少し痛くなったので休憩時にロキソニン内服。

腕時計の高度計が5000mを越したころから、なんだかおなかの調子が悪く頭がふらふらする。
みんなに先に行ってもらい1人トイレ休憩。
このときからのちにわたしのLife SaverとなるガイドさんMathewと2人きりでの登山がはじまる。
みんなとはかなり差がついてしまい、上のほうにヘッドライトの明かりが見える。
みんなに追いつきたい、登りたいって思うけど、体は正直。
おなかの調子はまた悪くなるし、ついに吐いてしまった。
あぁぁ高山病だぁ。
意識がフラフラの中考えたこと。
「なんであたしはこんなつらい思いをして登ってるんだ?」「もう動きたくない」「降りたくも上りたくもない」
それでもガイドのMathewはずんずん登っていく。必死についていくももう限界と座り込んだとき、
初めて彼が聞いてきた「降りるか?」って。
いや、自分からは「降りる」って言えないって黙りこくっていると「Gilman's pointまでは行こう」と。
頭の中では登りたいけど、でももし彼が「降りたほうがいい」って言ってたら簡単にギブアップしてたと思う。
なんで登ってるのかわからないままふらふらになりながら上り詰めると、
そこはGilman's pointだった。思わずMathewが肩を抱いてくれる。よく頑張ったっていう意味なんだな。

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Gilman's pointそこは頂上への通過点だったけど、でもチーフガイドのAronが告げた。
「ここから先はあなたにはもう無理だから、ここで降りる」と。
その時悔しさで涙がこぼれた。
何のために登ってきたか、やっぱりそれは、頂上ウフルピークにたどり着きたかったから。
心はまだいけると言ってるけど、でももう体は限界。
ティーを飲んだ後すぐに下山始める。

下山こそが本当に大変だった。
Gilman's pointまで登り切ったことで心は充実してたけど、体がぼろぼろで一人の力では降りれなくなっていた。
息も切れるし、頭は朦朧、胃はムカムカ。降りれば降りるほど疲れが感じられる。
途中休憩したときもう動けなくなった。

それからがMy Life Saverの力の見せ所。
私の体を支えながら一気に山を駆け下りる。私は体がしんどいのでゆっくり下りたかったけど、彼は私を高山病から解き放つためにかなりハイペースで駆け下りる。
下りながらいろいろ想像した。あぁ、このまま降りたらきっとタンカでふもとの町まで下ろされて点滴、ウガンダ帰国かなぁ。
でもLife Saver Matewのおかげでキボハットまでやっとの思いで辿り着いて、彼が言ったことはただ寝ろってことだけ。
こんなにしんどいのに寝ただけで治るのかぁ?と思いながら頂上アタックしたほかの仲間が帰ってくるまで熟睡。

気がつくと頂上アタックした仲間が下りてきてて、みんな疲れ果てていて、でもうらやましくって。
熟睡したおかげで頭痛とムカムカは治って残ったのは筋肉痛。
登ってるときは余裕がなかったけど、キボハットでやっとMy Life Saverと記念撮影。
ホント自分よくやったって思った。あぁでもやっぱり行きたかったウフルピーク。

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by yuki_nov14 | 2009-08-11 01:38 | Leisure

Tanzania旅行記1

7月15日~23日タンザニアに行ってきました!
2回目の任国外旅行。

水と緑の国Pearl of Africaウガンダでは見られない風景。

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タンザニア第一の目的、それはキリマンジャロ登山!
普段運動ゼロの私がはたしてそんな無謀な挑戦をしてもいいものかと悩んだのですが、
エチオピアの同期隊員に誘われたので参戦してみました。
キリマンジャロ登山でよく言われるのが、ないより「高山病」
どうやらエチオピア隊員は標高2400m在住らしいので、あまり高山病の心配がない様子でした。
という私も任地カプチョルワは標高1900mくらいなので負けてはいないのですが、でも運動ゼロ。
私たちの挑戦したマラングルートは、上りがかなり緩やかで旅行会社が言うには小学生でも登れると。
いやぁ、いまや小学生のほうがよっぽど体力あると思うけど、なんて思いながらも
旅行1日目はキリマンジャロの麓、モシ市でタンザニア同期隊員の手厚い歓迎を受けて、
いよいよ次の日から挑戦のキリマンジャロを眺めながらキリマンジャロビールを飲んで楽しく過ごしたのでした。

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登山1日目。
高山病の心配を心の隅に抱えながらも楽しく登山開始!

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ひたすら森の中を歩きながらみんな元気に1日目の山小屋到着。
2700m、みんなまだ余裕です。

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登山2日目。
1日目の森とは表情が違い、木々の背が低くなって、
おぉ頂上が見えた!
チーフガイドのアロンは何と約150回のキリマン登山歴。
日本語も(超)片言話せる頼もしいリーダー。

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ちょっと歩き疲れてきたと思った時、ガイドさんが「この大きな岩を目印にあと1時間したら山小屋」と教えてくれたその時。
岩を過ぎたとたんに2日目の山小屋登場。
3780m。富士山(登ったことないけど)です。
きれいなモシ市の夜景をみて就寝。

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by yuki_nov14 | 2009-08-04 01:13 | Leisure

Zambia旅行記3

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リビングストーン。そこはまた、パラダイスのような街だった。
世界中から観光客が集まる街、白人観光客もいれば黒人観光客もいる。
みんなお金持ちなんだなぁ。という私もその一部に入るのかもしれない。

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とにかく、今回ザンビアに、リビングストーンに来た目的は、そう、
ルナレインボー!
1年のうち4月、5月、6月の満月の夜にだけ月明かりで虹が見えるという。
雨期が終わった直後でビクトリアフォールズの水量が多い時しか見れないそう。
なんて幻想的な自然現象なんだろう。



そして昼間のビクトリアフォールズもすごかった。
ものすごい水量が滝壺に落ちて、その跳ね返った水のせいであたり一面大雨。
これを雨と呼ぶのかどうかは分かんないけどとにかく日本の台風よりももっとすごい雨。
雨がすごすぎて、滝が見えないくらい。すごかった。
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いつもウガンダ人に聞かれる、「ユキはキリスト教じゃないんだろ、じゃあ何を信じてるんだ、誰がこの大地を創ったんだ」と。
そんなときいつも「この世界は自然にできたんだよ」と答えて、ウガンダ人はびっくり仰天してる。
でも、この滝をみて、滝の地形を上空からも見て、この水量と、そして満月の夜だけ見える虹を見て、
ウガンダ人の言う通り、この台地は神が創造したのかもしれない、そう思わせる神秘的な光景を見ることができた。

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by yuki_nov14 | 2009-04-18 23:38 | Leisure

Zambia旅行記2

ザンビアに到着して一番驚いたこと。街がキレイ。

空港から首都ルサカ中心部へ向かう途中。ウガンダと全然違う。
何が違うって、道端にゴミが落ちてない。車もおんぼろの車なんてない。渋滞もない。クラクション鳴らしまくりの荒い運転の車もいない。
一言で言うと、キレイ。そう感じた。

そして市内に入るとまた仰天。
でっかい複合型商業施設って言うんですか?要するに日本でいうイオン、ヨーカドーみたいなのが2か所もある。
すごい。そこのあのハンバーガーのSUBWAYある。
これがアフリカ?ウガンダと同じアフリカの国?本当に発展途上国?
ウガンダを発展途上国というならば、ザンビアは先進国になのではないのか。そう感じるほどいろんなものがあふれていた。
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1日目、2日目は同期でルサカ隊員の任地訪問。
任国外旅行で遊びに行ったわけじゃない、とここで少しだけアピール。
同期隊員の活動している様子を見るのもまたひとつ楽しみだったのです。

協力隊員ってホントいろいろ職種があって、コンピューター隊員としてエイズ関係の組織でエイズのGPSを作ってる人、
青少年活動隊員としてYMCAで若者たちと一緒にエイズ啓発活動をしている人、栄養士隊員でWFPで学校給食プロジェクトにかかわってる人、
エイズ対策隊員でエイズ支援団体の中で啓発活動をしているコミュニティと関わってる人。
それぞれの活動を少しだけ見て、みんな頑張ってるんだと元気をもらって、
そして同期隊員にお願いしていたザンビアの病院見学もしました。

その見学した病院、ザンビア国立のがんセンターで中の施設がものすごかった。
最新機械いっぱい、リニアックとかガンマ照射とかあって今自分が働いている病院と別世界。
SOPもちゃんと作ってある。すごい。うちの病院SOPて言葉を知ってる人がいるかどうか・・。
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ザンビアは南アの隣の国だから、情報や物も南アから入ってくるらしいのですが、
この病院を見ても、やはり先進国なのでは、と感じてしまった。
もちろん、このがんセンターがザンビアで唯一がん治療が出来る病院で、
案内してくれた薬剤師さんもまだまだ足りないことが多い、
日本みたいに各地域にがん拠点病院がおくようにしたい、と言っておられたし、
本当の先進国に比べればまだまだの部分が多いんだろう。

けど、ウガンダの田舎から出てきた私にとってはかなりのカルチャーショックを受けた。
ほんの数時間しか見学していないから、すべては見えていないのはわかってはいるけど、
でもアフリカの中でもこんなに違うのか、と考えさせられた。

病院だけじゃなく、ルサカの町並みを見ても同じことを思った。

アフリカに来る前に想像していたアフリカ。
モノがない、貧困、病院に薬がない、飢餓。
そんなことない。
アフリカで10か月近く過ごしてみて今感じていること。
アフリカにはモノはある、お金持ちの人だっていっぱいいる、病院に薬もある程度は揃ってる、食べ物だってある。
アフリカには、というと語弊があるかもしれません。もちろん貧困に苦しんでいる国はたくさんあると思う。
でも少なくとも、ウガンダでは、カプチョルワでは来る前に想像していたアフリカとはちがっていた。

そして今回、ザンビアにきてまたアフリカを見る目が変わった。ザンビアにはもっとなんでもある気がした。
そう、任国外旅行って、遊びに行っただけじゃなく、こういう価値観を養うことができるとてもいい機会だと思います。
そんなこんなで、リビングストーン、ビクトリアフォールズへつづく。
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by yuki_nov14 | 2009-04-18 01:38 | Leisure

Zambia旅行記1

4月7日から13日まで任国外旅行でザンビアに行ってきました。
協力隊員には2年間の任期のうち20日間の任国外旅行が認められています。

要は休暇で海外旅行に行ってもいいよってことです。
税金を使ってボランティアできているのにすみませんという感じです。
あ、でも旅費はちゃんと自費で払っています。
この任国外旅行は公用パスポートを使っていくので、どこでも行けるわけじゃなく
パスポートに記載されている渡航先にしか行くことができません。
ウガンダから行ける国はイギリス、フランスなどヨーロッパと、アフリカではケニア、タンザニア、コンゴ(たぶん危ないから実際は行けないはず)、マラウイ、ルワンダ、タンザニアがあります。

で、今回はザンビアで活動している二本松訓練所時代の同期がビクトリアフォールズに旅行に行くというのでそのツアーに参加させてもらいました。
実はこれが私にとって初の海外一人旅。
と言っても、ウガンダのエンテベ空港からケニアのナイロビを経由してザンビアのルサカ空港に着けば
ザンビアの同期の友達が空港まで迎えに来てくれてるので大したことはないのですが、
でもやっぱりこういう一人の時に限って事件は起きるものです。

ウガンダを早朝5時の便で出発しナイロビについて乗換のため飛行機のチケットを取ろうとしたら、
「満席です」と。
「えっ!?????はっ??予約してるじゃん」と詰め寄ったけど、「満席」の一点張り。
たまらず英語で一応文句を言ってみるが意味ない。
「ルサカに17時につく便があるからそれに乗ってほしい」とのこと。
「いやいや、11時にルサカで友達に会う予定だから無理」ともう一度言うけどダメみたい。
「8時半のフライトだから8時20分まで搭乗口で待って、もしキャンセルがあったら乗れる」と言われ、
仕方なく従うも、「じゃあ預けたバッグパックは返して。もし乗れなかったら困るから」というと。
「それは無理」とのこと。

バッグパック預けるんじゃなかった~と後悔しまくったけど仕方ない、神頼みです。

で、8時20分になって空席があるので乗れることになりました!
よかった~と一安心したけど、バッグパックがすごく心配で心配で、係員に何度も何度も念押しして飛行機に乗りました。

が、しかし、
やはり、予想通り。

ルサカについてみるとバッグパックついてない…。
最初係員は「今どこにあるかわからない」というから、ルサカ空港の係員に詰め寄り文句を言いまくる。
でも調べてもらうとちゃんとナイロビにあるとのこと。
そして明日の便でルサカにつくとのこと。
これで一安心。

だったのですが、夜ザンビア隊の同期とご飯を食べてて、「Lost Laggageだったんだよぉ」と話していたら、
その同期の知り合いが他の国の空港でハードディスクを抜かれたことがあったとのこと。
やばいっ!バックパックの中にハードディスク入れてるし、その中は今まで撮りためた写真がいっぱい入ってるのに~!
やっぱりバックパック預けるんじゃなかった~とまた後悔したけど、仕方ない。運に任せるしかない。


次の日、空港にバッグパックを取りに行くと、確かに私のがある!
さっそく中確認。
あった~!ハードディスク。助かりました。

実はザンビア出発前日に念願のアフリカンヘアー(ブレード)にして、
JICAウガンダ事務所にパスポートを取りに行ったところ、
「あ~任国外の前にやっちゃったかぁ」と言われ、「えっ!!!???」と聞くと、
以前任国外直前に私と同じように髪型をアフリカンにした隊員が
任国外旅行中に家に泥棒に入られたことがあったそうで、まぁいやな予感はしてたんですけど。
でもあたしの場合は何もなくなってないので救われました。

そんな感じで幕を開けたザンビア任国外旅行。つづく。

(ザンビア到着時。このときは髪の毛のせいでLost Laggageだとは知らず記念撮影)
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by yuki_nov14 | 2009-04-18 00:35 | Leisure