青年海外協力隊20-1ウガンダ薬剤師からのちょこっとウガンダ便り。


by yuki_nov14
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カテゴリ:Life ( 17 )

From Japan

ずいぶんしばらくブログの更新が止まってしまっていました。
そして更新しないままに、日本に帰国してしまいました。

6月20日にお世話になったカプチョルワを離れ、
6月23日にウガンダを離れ、
6月24日に日本につき、
7月3日に広島に、家に帰ってきました。

空港にはわざわざ300km離れたカプチョルワから4人もスタッフが見送りに来てくれました。
最後の最後まで一番近い存在だったカウンターパートであり、薬局長であるShabanと最後に空港でHugしたときはやっぱり涙が出ました。彼とはいつも薬局のこと薬のこと病院のことについて一番真剣に話し合ってきたから。お互いに存在が重要だったというか。。。彼なしでは私の活動はあり得ませんでした。
ちなみにShabanはこの日人生で初めて空港に来たそうです。
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その前に、病院勤務最終日でも号泣、その日の夜にあった私の送別会でも号泣。
いつも予算不足で困っている病院なのに、わざわざホテル会場を借りての送別会。
そのことを思うと本当に涙が止まりませんでした。
その後2日くらい目が腫れて大変でした。

2年間元気に楽しくウガンダで過ごし無事日本に帰ってこれたことに本当に感謝しています。
まず最初にウガンダでお世話になった日本人関係者の皆さま、そして私をとても大事にかわいがってくれたカプチョルワの人々、カプチョルワ病院のスタッフみんな本当にありがとうございました。

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日本で待っていてくれた友達、温かく受け入れてくださった職場の皆様、本当にありがとうございます。

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そして、2年間ずっと支え続けてくれた両親、本当にありがとうございました。
実家に帰った日の歓迎ぶり、一生忘れません!こんなサプライズがあったとは、大爆笑だった!
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すでに仕事に復帰して、今はとにかく2年のブランクを取り戻すべく必死に仕事を覚えています。
ふとカプチョルワが懐かしくなるけども、今はとにかく目の前のことをこなすので精一杯です。
とはいっても、今後も何かの形でアフリカと、ウガンダと、カプチョルワと関わっていきたいなと思ってはいます。いつのことになるかわかりませんが。。。
あんまり更新もできなかったこのブログですが、これにて終了です。
本当はもっともっとウガンダのこと伝えたいのですが、また別の形になるのかなと思っています。
日本に帰ってきて、意外に読んでくださっている方が多いことを知りました。もっと更新すべきでしたね。すみません。そして本当にありがとうございます。

参加前はずいぶん悩んで、いろいろ心配していたウガンダ生活も、今ではカプチョルワは本当のふるさとのような感じで、本当に協力隊に参加できてよかったと思っています。
最後にもう一度、支えてくださった皆様本当にありがとうございました。
Thank you, Asante, Webale nyo and Keitabon!!!!!!!!!!
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by yuki_nov14 | 2010-07-15 23:37 | Life

Annual Party2010

少しというか、ずいぶん前になりますが、今年も2月に病院のAnnual Partyがありました。

去年はスタッフみんなおしゃれしてきて、私は何も知らずに普段着で行ったので、
今年は最後のAnnual Party参加ということで、浴衣で参加。

去年と同様昨年頑張った人たちの表彰があったのですが、
今年はうれしいことに私もノミネートされていました!

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思い出に残るプレゼントを頂いて、
そこの書いてあったメッセージが本当にうれしかった。

「Kapchorwa Hopspital shall live to remember the work you have done」

あと残り2か月半しかないけど、頑張らないと!

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by yuki_nov14 | 2010-04-08 02:27 | Life

徒然なるままに。

年が明けて、新しく始めたプロジェクト5Sのために毎日が本当に走り去っていき、
気がつけばウガンダでの生活も残り3カ月となってしまった。

3月初めには「帰国ハンドブック」なるものをもらい、
調整員の人が「チケットを買ったらここに張っておくから...」て言ってたけど、

今ここにきて、はたして自分が本当に帰るのかっていう不思議な気持ち。

5Sのために忙しくて、前は毎日手帳に書いてた日記も3週間くらい放置したり、
朝も昼も夜もずっと5Sのこと考えてて、それくらい仕事に没頭してるから、
自分の任期満了が近付いているなんてこと実感する暇なく。

でも逆にいえば、任期が決まってるから、ここまで打ち込めるわけで、
もしKapchorwaにずーっといるんだとしたら、ここまで必死になってないと思う。


あるスタッフに「ユキ何で日本に帰るんだ、旦那を見つけてやるからここに残れ」と言われる。
うれしい言葉なのか。

Kapchorwaの気候は本当に過ごしやすくて、景色もラピュタだし、
永住するのもありなのかもって、ふとたまに思うけども。

でもスタッフにそう言われたときには、私は日本に帰るんだっていう確信があるし。


今はなんて言うか、不思議な気分。
帰りたいような、帰りたくないような。
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by yuki_nov14 | 2010-03-23 02:55 | Life

2009→2010

2010年明けましておめでとうございます。

ウガンダでの2回目のクリスマス、お正月をむかえました。

今だから言える、実は去年のクリスマスは体調を崩していてクリスマスどころではなく療養してました。
今年のクリスマスも、任地Kapchorwaで過ごしたのですが、とても楽しいものでした。

24日夜 Kapchorwaで宣教活動をしている韓国人のMr.Choiのお宅に招待され、韓国料理をごちそうになった後、みんなで賛美歌を歌って過ごしました。
このMr.Choiそして奥様のMrs.Kim、お隣の国出身ということでとってもよくしてくれるやさしい方です。
最近は月に2回は韓国料理をごちそうになっていて、本当に心の癒しになっています。
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25日 近所の子供たちと一緒にクリスマス記念撮影に。
ウガンダではクリスマスは一年の行事の中で(クリスチャンにとって)一番大切のようで、
みんな新しいおしゃれな洋服を買ってもらっていて一張羅ではしゃいで。
あたしもそのはしゃぎぶりにのかって、Japanese traditional clothで写真撮影に。
とってもいい思い出となりました。

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26日~1日 日本で勤務していた会社の一番の友達がわざわざウガンダまで来てくれました。
任地Kapchorwaで私のカウンターパートである薬局長Shabanのおうちにお邪魔して、
Real Afirican Lifeの体験。そしてウガンダ一美しい滝Sipi Fallsめぐり。
そのあとは年越しをQueen Elizabeth National Parkで。
31日にライオンやゾウなどたくさんの野生動物と出会え、最高の2009年締めくくりとなりました。

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そして2010年。あと任期半年を切って、自分に何ができるか。
去年の日記を見ても、去年悩んでたことを今でも悩み続けてることがあって成長してないな自分って思ったり、でも、1年半ウガンダで過ごして、ウガンダ人の生活と触れ合って、今まで感じていた国際協力に対する見方が全然変わってきていることも確かで。
ウガンダからいろいろ教わっていることがたくさんあることに気付かされて。
この今感じていることを、あと半年のウガンダ生活で、そして日本に帰ってからどう活かせるか。

2009年に出会った人たちに感謝し、経験したことを大切に、2010年もたくさんの出会いと素晴らしい経験に胸をふくらませ過ごしていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。
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by yuki_nov14 | 2010-01-05 02:26 | Life

ハトコ!!

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いやぁ、世界ってせまいんですねぇ。

21年度1次隊で、ハトコがウガンダに来ました!

3月に母から連絡をもらって楽しみにしていた初対面。
彼は6月にウガンダに来てたんだけど、私が首都に上がらなかったのもあってなかなか会えず。
7月にタンザニアから帰ってきたとき、実はドミで会っていたらしいんだけど、お互い顔を知らず話さずじまい(笑)

そしてついに、8月の中間報告会で初対面。初会話。

ハトコって遠い親戚だから日本ではあったことなかったのに、ウガンダで会うなんてびっくり。
とはいっても共通項はお互いのイトコの話だけなんだけど。

若くて面白くて、さっそくウガンダ隊の中でも人気者になっている彼。
これから1年間のおつきあい。
いや、協力隊終わってからもハトコとして、ウガンダOVとして付き合いは続くか。
ウガンダで、また一期一会に恵まれた。
これだから協力隊は面白い!
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by yuki_nov14 | 2009-09-09 01:38 | Life

自然の恵み、人の温かさ

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ウガンダにきて自然の恵みを感じることが多い。

停電の夜。まわりがまっくらでも満月の日には月明かりだけで懐中電灯なくても十分歩くことができる。
月がかけている夜、特に新月の夜には、星がすごくきれいで天の川がはっきりと見える。
逆に新月で雨でが降っていて雲がかかっていたから星明かりもなく本当に真っ暗の夜もある。

雨季。雨季に入ると、急に芝生や作物がぐんぐん成長するのが手に取るようにわかる。
同僚は家で育ている作物が育つからって雨季を待ち遠しくしていた。
日本にいるときは、雨の日は原付に乗れないから嫌いだったけど、今はそんなに嫌いじゃない。
日本にいるときは、毎朝天気予報をチェックしてたけど、今はそんな必要ない。
向こうの山に雲がかかって、雲の色が灰色になって風が吹き始めたら雨が降る。
自然が教えてくれる天気の変化。雨上がりの景色もまた美しい。。


ウガンダにきて日本でいかに文明に頼っていたか感じた。

水道。あると便利だけど、5分も歩けばきれいな景色が見えて透明な水をが湧いているところがある。
電気。あると便利だけど、ろうそく1本の明かりだけで十分生活できることを知った。
テレビ。あるとたのしいけど、家になくても全然平気。みたいときは近所のレストランやホテルに行けばいい。
洗濯機。あると超便利だけど、手洗いでも別になんてことないことを知った。

ウガンダにきて本当の人の温かさを知った。

家の前を通りかかれば、お茶でも飲んでいきなよってことしょっちゅう。
道端でばったり出会って、うちにおいでよって言われることしょっちゅう。
実際に家にご飯やティーをお呼ばれに行ったら、今日は泊まっていきなよってことしょっちゅう。
野菜を買い物して「おまけして」って言ったらトマト一個余分にくれたりすることしょっちゅう。

そんな文化だから、今日家に行っていいかって言われることしょっちゅう。
でもウガンダ人になりきれていない私はスタッフを家に招待することはまだできていない。

村に住んでいる人が、用事があるときタウンの知り合いや親戚の家に泊まることなんて当たり前。
仕事中、スタッフが毎日薬局から抜け出して何をしているのかとイライラしていたら、
親戚や近所の人が入院したからお見舞いに行ってた。
日本で考えたら仕事中いくなんて、って思っちゃうけど、でもここはウガンダ。
人と人のつながりが温かい。

道端で会った知らない人でも外国人のあたしにHow are you?って話しかけてくれる。
タクシーやバスで隣になったら初対面でも普通に話す。


確かに貧しいから、お金に関してはちょっと嫌な思いをすることもある。
日本人だからっていう理由で、現地人より値段を高めに言われたり、お釣りをごまかされたり。
日本人だからお金持ってるって思われて、実際に持ってるんだけど、
お金くれ、何か買ってくれって言われることも多い。

ウガンダには水道も電気もない家なんていーっぱいあるけど、人の温かさは日本よりもずーーっとある。
日本にいる時よりは人の温かさを感じることが多い。

ウガンダにきて1年。ウガンダから学ぶことがたくさん。

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by yuki_nov14 | 2009-06-14 02:36 | Life

お金ではない何か。

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こんな贅沢していいんだろうか。

と、たまに罪悪感を感じることがある。


私はここにボランティアとして来ているけども、実際は生活費として同僚の給料の2倍以上のお金をもらっている。


そしてそのお金で贅沢な暮しをしている、と自分で思っている。
とはいっても、任地にいるときは全然贅沢なんかしていないと、自分では思ってる。
任地にいるときは、任地の人と同じようにローカルマーケットで100シル、200シルで野菜を買い、
任地の人と同じようにローカルレストランで1500シルのランチを食べ、夜たまに1700シルのビールを飲んだりする。
ちなみに最近のレートで1ドル=2200シルくらい。

だから任地にいるときはそんなにお金を使うことはない。

問題は首都カンパラに上がったとき。
毎回のように中華料理レストランで20000シル使い、こないだなんて一目ぼれで78000シルのカバンを買って、
無線LANができるレストランで10000シルのランチを食べながらおしゃれにカプチーノ飲んだり。

そして今回首都に上がった時は、企画調整員の方の送別会でカンパラ一高級といわれるセレナホテルで豪華ディナー。
一人100,000シル使った。

確かに日本円に換算すると安いかもしれないけど、任地の人の生活を考えるとカンパラではものすごく贅沢をしてしまっている。
そういう時、おいしいご飯を食べながらも、おいしいカプチーノを飲みながらも、
任地の人に申し訳ない気持ちになる。

ボランティアと言っときながら、超金持ち級の生活。
ある友達は言ってた。
カンパラにきて贅沢するのは普段任地で現地人と同じような生活をしてて疲れてるかも知れないのをリフレッシュするのにいいと思うって。
ある協力隊仲間は言ってた。
私たちのもらってる現地生活費は、任地で暮すためのお金ではなくて、カンパラで贅沢をするためのお金だって。

どちらも正しいと思うし、この現地生活費は日本国民の税金の中から出てるわけで大切にしないといけないのは当たり前だし、
こんなにいっぱい必要ないからと言っていくらまで減らしてくださいとも言えない。
同僚は私の2分の1のお金しかもらってないとしても、カンパラの大きな会社で働いている人たちや
うちの病院のアドミニストレーターとか看護部長は私と同じくらいのお金を給料としてもらっていると思う。
だからこの現地生活費が多すぎるのか妥当なのかよくわからなくなる時もある。

けど、やっぱりボランティアというならばこんな贅沢はしてはいけないのかもという気持ちはある。

以前のブログにも書いたと思うが、カウンターパートが言った言葉が忘れらなれない。
「自分たちは給料が安いから働く意欲がなくなっている。もし給料が上がれば働く」と。
だからと言って、自分の生活費を同僚の給料としてあげることはできない。
個人的にある特定の人にお金をあげても何も変わらないから。
ある友達は言ってた。
ボランティアっというのは一時的なお金ではなく、途上国が自立してやっていけるように技術面は人材面で助けることだと。

だから今思っていることは、もっと現地の人に貢献しないといけないということ。
お金ではなく自分にできることがきっとあるはず。

(写真:カンパラ一高級ホテルからの夜景)
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by yuki_nov14 | 2009-05-12 00:52 | Life

問題は電気じゃない。

最近家の電気が止まっています。
原因がわからないまま突然止まりました。

最近停電が多いので最初は「また停電かぁ」と思ってた程度だったけど、
病院に行ったら電気が来てて、仕事終わって家に帰ると周りの家はちゃんと電気ついてます。
「あれ、うちだけ電気来てない」
ま、いっか。といつもどおりキャンドルとパラフィンランプで夜を過ごす。
最近は寒さにもすっかり慣れお湯じゃなくても水浴びで余裕になっていたので。
確かそれが水曜日の夜。

そして次の日病院のアドミニに「うちだけ電気着てないからエレクトリシャンを呼んで」と頼む。
その日は一日中忙しくて夕方仕事終わるときに気づいたら
「そういえばエレクトリシャンに会ってない!」と思いだして、
急いでアドミニのところへ!

アドミニ「おぉぉぉぉ。忙しくて電話するの忘れてた。」と。
すぐにエレクトリシャンに電話するも、彼は違う県にいるとのこと。
そしたらすぐに代わりの人に電話してくれて、「1時間以内に来る」と。

そして家で待ってたら、
やっぱり来なかった。これ木曜日。

次の日の朝アドミニのところに言いつけに「彼来なかったよ。」
アドミニはすぐに電話してくれて、彼は来た。
「昨日アドミニに電話もらってきたんだけど、もう暗かったから」と言い訳を。
あたしは家で待ってたから来なかったこと知ってるよ、と内心文句。

でもまぁこんなことこの10か月で慣れっこで1回目で文句は言わない。

そして原因を見てもらうと彼曰く、「ブレーカーが悪い。いいやつに変えたらOK。」とのこと。
「じゃいつ変えてくれるの?」
「今からムバレに行くから明日の午後に変えるよ」
「明日あたしはいないけど。」
「大丈夫、近所の病院スタッフを呼んでやるから」
これ金曜日のやりとり。

そして土日を首都カンパラで過ごし、昨日帰ってきたら
やっぱり。思ったとおり。
工事してない。また近所は煌煌としてるのにうちだけ真っ暗。
まぁいい。
とはおもったけど、仕事で作りたい資料が山ほどたまってて水曜日からずっとパソコン作業で来てないのはちょっとつらい。

で、今日月曜日。
朝、例のエレクトリシャンに電話すると「今ムバレにいるから、今日の夕方帰るから」と。
さすがに2回も約束をすっぽかしてムカついたので
「約束したの覚えてないの?あなたのせいで電気がなく困ってる」と文句を言うと。
「許してくれ」と。
「じゃあ何時に来るの?」ともういちど約束を取り付けると「17時に」と。

そして仕事終わって家にいてもやっぱり来ない。
電話すると「今ムバレから帰ってきてるところ」と。
「いやいや、17じに来るって約束したよね。今夜もまたあなたのせいで電気がないんだけど」と責めると
「早く着いたら家に行くから。」と。
その時点でもう18時半で、19時には日が沈むから作業は無理に決まってる。
「早く着くって、早くつくとは思えないけど。もういいから明日朝早く来て」というと
「わかった。明日7時半には行く。」と彼が言った。

この一件で言いたいことは、電気がないとかいう小さい問題ではない。
なぜ約束を守らないのかという、信頼関係の問題。
彼がどんな事情があってムバレに行かないといけなくて、工事がこうも遅れてしまったのかは知らないけど、
でも、自分が工事しないと私が電気がなくて困るということは明らかで。
そしてもうこれで3回も約束を破ってこなかったわけで。

いつもそう。約束しても守ってくれるウガンダ人は少ない。
「明日何時に迎えに来るからうちに遊びにおいで」と言われ、朝早く起きて準備していても来なかったこと何回もあり。「何時に会おう」と言われて時間通りに行っても結局自分が1時間くらい待つとか当たり前。
でもこれはプライベートだからいい。そんなこともう気にしない。

でもでも、仕事でも約束を守ってくれないのは本当にイライラする。
今回の件も相手はディストリクトの電気士で、私はブレーカーの分のお金プラス工賃をすでに渡している。
仕事として依頼してるのに、約束を破られたことに私は腹を立ててしまっている。
責任感というものに欠ける気がする。

ウガンダにきてもう10か月過ぎ、「これがウガンダだ」と割り切れることもありますが、
でも、もっと自分の仕事に責任感を持ってみんなが働けば、病院の問題も解決できることがたくさんあるのにといつも感じています。
そう、問題は電気なんかじゃなく、責任感なのかもしれません。
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by yuki_nov14 | 2009-04-28 02:52 | Life

Zambiaから帰ってきて。

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今回ザンビアに行って思ったこと。
ボランティアってなんだろう、国際協力ってなんなんだろうってもう一度考えさせられた。

そう思った最大の理由は、ザンビアがすごく発展していたから。
発展していたと感じた、というほうが正しいのかも知れない。

ウガンダにきて10か月たち、首都カンパラでは日本から輸入したランクル(中古だとは思うけどキレイ)に乗っているウガンダ人、
夜遅くまでクラブで踊ってるウガンダ人、高い携帯電話を持っているウガンダ人をたくさん見た。
同時に首都では道路の真ん中で物乞いをしている子供もたくさん見た。
そして自分の任地では、お金はないとは言っているけど幸せに暮らしている人、家は決して立派とは言えないけど携帯はすごいかっこいい高そうなのを持っている同僚、
夜パブでビールを10本も20本も飲んでいる人をたくさん知っている。

確かに協力隊は最貧困地域には派遣されていない。
比較的安全で比較的発展している地域に派遣されているから、本当の貧困を目にすることが少ない。
だから、ウガンダに来る前に想像していたアフリカとは違ったアフリカが見えるんだと思う。

ウガンダ人の友達の一人はこういった。
「ウガンダはお金はある。ただ使い方下手なだけ。」
確かに私も感じることがよくある。問題はお金ではない。
病院で働いていても、問題なのはスタッフの働く意識、意欲が足りないことだと思うことが多々ある。
薬局に関して言えば、朝早く来ればもっと仕事がはかどる、もっと在庫の数字に敏感になれば在庫切れだって避けれるなどなど。
私がいなくたって、この病院は動いていくし、患者さんも救われるんだろう。

同僚の一人はこういった。
「給料がもっと上がれば自分たちはもっと働く」
確かにその通りかもしれない。問題はお金なのかもしれない。
ボランティアという名のもとウガンダに来たけど、実際は同僚の2倍も生活費をもらっていてお金に困ることは全くない。
同僚や、病院スタッフがもっと一生懸命働けばこの病院は変わると思ってはいるけど、
給料が少ないことが働く意欲を減退させているならば、私がもらっている生活費を同僚の給料としてあげれば
私の存在なんか必要ないんじゃないだろうか。
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そんなことを考えていた時にちょうどザンビアに行くことができて、さらに疑問は深まった。
きっとザンビアがこんなに発展しているなら、ウガンダも10年先か20年先かはわからないけど、ザンビアと同じくらい発展すると思う。
ザンビアももちろん日本や他の先進国の援助を得たからこそ、発展できたのだと思う。
ウガンダももちろん日本や他の先進国の援助がないとやっていけないと思う。
でもその援助、ODAの莫大なお金は末端の、本当の貧困層にはなかなか届かない。
だからボランティア、草の根、NGOが必要なのだとは思うけど。
でも同僚の給料を上げてあげることは私にはできない。
物乞いの子供に今日生き延びるために500シリングはあげることができても、その子を学校に行かせてあげることはできない。

ボランティアってなんなんだろう。国際協力ってなんなんだろう。


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by yuki_nov14 | 2009-04-18 23:52 | Life

Women's Day

3月8日は国際女性の日だったそうです。
ウガンダにきて初めて知りました。
そしてこの日、Women's Dayということで、前回のNRM Dayに引きつづきカプチョルワでイベントが。

金曜日の午後ふと掲示板の前を通ると、スタッフに「ユキこれ見た?」と呼びとめられ、
掲示板を見ると、何とマーチのメンバーの2番目に私の名前が!
しまった。
NRM Dayの時に調子に乗ってマーチしたら、今回は無断でメンバーに入れられてました。
仕方ない。参加するしかないか。

そして8日日曜日、マーチは10時からのはずなのに病院に行っても待っていたスタッフは一人。
とりあえず待ってみて、マーチの団長?コマンダー?であるスタッフが来たのは10時40分ごろ。
それでもまだ3人。とりあえず団長とマーチが行われるグラウンドに行ってみるとまだ準備の真っ最中。
あ~こりゃあと2時間かかるかな。と最近はすっかり慣れたアフリカンタイムの計算をして私は1度家に帰る。
というのも、その週はなんだか水道の調子が悪くて1週間全く洗濯できていなかった。
前の週のジンジャであったヘルスフェスタのお泊りの洗濯物もあるし、今日こそ洗濯しないとマジ困るという状態。
でもその日も水道は出ていなかった。
そして薬局に行ってみると、水道が出てる。
よし、決定。

家から桶と洗剤と洗濯物どっさりを病院の薬局の持ち込んで、洗濯しました。
こんなときアフリカっていいなぁって思う(笑)なんでもありですから。

すっきり洗濯を終えて12時過ぎにグラウンドに戻ると、女性警官とか女性コミュニティとかプライマリー(小学校)セカンダリー(中学校)の女の子ととか女性だけがびっしり並んでました。
おぉ2時間遅れで始まりかぁと思ったら、まだ首都からくる女性議員が到着していないとのこと。
その日は運悪く?かなりの晴天ですっごい暑くて、ウガンダ人ですら「暑い」とバテテたので、あたしはもちろんバテバテ。
そんなこんなで1時間近く炎天下の中待って、やっとマーチが始まりました。

前回のようなマーチの新鮮さはなかったけど、でも病院スタッフとマーチするのって楽しいなぁと思いました。
この調子だと毎回リストに入れられそうな予感がしてきました。

肝心のWomen's Dayですが、やはりここウガンダでも女性は歴史的に虐げられてきたようで、今でも女性の家庭内暴力の被害はすごく多いそうです。
Women's Dayのイベントの中で子供たちが歌っていた「今では私たちはお医者さんにも弁護士にも警察官にも政治家にもなれる」という内容の歌が印象的でした。
私は日本で女性だからと言って、何かを妨げられた経験はあまりないですが、それでもやっぱり「女性だから早く結婚して早く子供を産むのが当たり前」というような
言葉ではない圧力を感じることはしばしばあります。まぁそれをはねのけていまここにいるわけですが。
HIV感染の拡大も女性が性的に虐げられているという問題も絡んでいると思います。

日本でWomen's Dayのイベントがあったというような記憶がないのですが、ウガンダでWomen's Dayというイベントを知って、改めてこの日の大切さを知りました。

参考に国境なき医師団から送られてきたニュースレターつけてみます。
http://www.msf.or.jp/news/2009/03/1672.php
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by yuki_nov14 | 2009-03-17 01:43 | Life